現場に立つ度に震えた最初の1年

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前回、「命の現場を預かっている」と感じた、初仕事の日のことを書きました。
今日はその続きです。

タイトルにした「現場に立つ度に震えた最初の1年」。
これは、決して大げさな言葉ではありません。

今日は、私たちがどうやってこの1年を乗り越えたのか、その話をしようと思います。

目次

集客できず、他社の下請けとして食いつないだ日々

2017年6月に創業してから、先にお話しした認知症グループホーム以外の集客は、ほとんどできませんでした。

その代わりに頼っていたのが、同業他社さんからの業務委託です。
本来私たちが定めている料金よりも、グッと少ない金額での仕事でした。

いわゆる「薄利多売」の状態を、何度も繰り返していたのです。

それでも、頑張れました。
「経験を積むことが大事」と、心から思えていたからです。

当時の月の売上は、数万円程度だったと記憶しています。
会社としての利益はもちろん、自分たちの生活すらままならない状態でした。

だから、「訪問美容」という事業をつぶさないために、私たちは他にも複数の仕事を抱えていました。
芸人さんが売れるまでのエピソードを語るときと、同じようなイメージかもしれません。

正直、この頃は「いつまで続けられるだろう」という不安が、常に頭のどこかにありました。
それでも辞めなかったのは、あの認知症グループホームで感じた「命の現場を預かっている」という感覚が、心のどこかに残り続けていたからだと思います。

薄利多売の仕事であっても、目の前のご利用者様にとっては、大切な1回のカットです。
その一回一回を丁寧に積み重ねることでしか、次にはつながらない。
そう自分たちに言い聞かせながら、日々の現場に向き合っていました。

転機、そして妻の決意

そんな中、2018年11月。
とある有料老人ホームから、電話での問い合わせがありました。

これが1件、獲得につながりました。

これをきっかけに、妻が「私は訪問美容で生きる」と言い出しました。
そして、ある日突然、副業的に勤めていたサロンを辞めて帰ってきたのです。

どどっと訪れた変化

このあたりから、状況が一変したのを覚えています。

それまで、どれだけ営業活動をしても獲得できなかったのに。
突然、2018年12月、病院2件と高齢者施設2件を、一気に獲得することになりました。

これで、最初の認知症グループホーム、その後の有料老人ホーム、そして今回の病院2件、高齢者施設2件。
合わせて6件の施設・病院を獲得したことになります。

しかし、ここから私たちは、「訪問美容」の地獄を見ることになります。

「訪問美容」の地獄が始まる

獲得した病院は、「療養型」と呼ばれる病院でした。

寝たきりの方、人工呼吸器を装着している患者さん。
普通にカットすることすら難しい方ばかりでした。

最初は、お一人をカットするだけでもとても時間がかかりました。
40分から1時間ほど要したこともあります。

あんなに時間がかかっても、暖かく見守ってくださった当時の看護師さんや介護士さんには、今でも感謝の気持ちが湧いてきます。

でも、なぜそんなに時間がかかっていたのか。
それは「頭全体をキレイにカットしたい、整えたい」という気持ちを、忘れなかったからだと思います。

体位を変えるのも、簡単なことではありません。
点滴や人工呼吸器のチューブに気を配りながら、息を合わせて、少しずつ頭の向きを変えていく。
それだけで、普段の何倍もの神経を使いました。

他社との違いに気づいた瞬間

こうした療養型の病院には、他の病院から転院されてくる患者さんもいらっしゃいます。
その方々を担当したとき、気づいたことがありました。

それは、他社さんでは「後頭部をほとんど切っていない」という事実です。

ベッドに寝ている状態で、上から覗いたときに見えるところだけをカットしている。
そんなイメージでした。

しかも、あまり短くカットするとカットラインが見えてしまうからでしょうか。
長さでカットラインをぼかしているような仕上がりでした。

これは、とてもカットしたと呼べるレベルではなかったのです。

正直、最初にこの現実を見たとき、悔しさよりも先に、申し訳なさが込み上げてきました。
今まで、この状態のまま過ごしてこられた患者さんが、たくさんいらっしゃったということだからです。

だからこそ、私たちは「見えるところだけ」ではなく、「頭全体」を整えることにこだわり続けました。
それが、他社さんとの一番の違いだったと思います。

現場に立つ度に、震えていた

この現状を、変えたい。
そんな想いでいっぱいでした。

でも、正直に言えば、怖かったです。

「今日は体調がいいので」
「もう最期だから」

看護師さんたちのそんな言葉を、今でも思い出します。
聞くたびに、怖かったです。

現場に立つ度に、本当に震えていました。
訪問日が怖くて、行きたくないと何度思ったことか。

それでも、行かないという選択肢はありませんでした。
私たちが行かなければ、その方の髪を整えてあげられる人がいない。
そのことだけは、はっきりと分かっていたからです。

1年かけて積み上がった経験

それでも、1年ほどかけて、「経験」を積んでいきました。

看護師さんに相談したり、理学療法士さんにアドバイスをもらったり。
そうしているうちに、「こういう時はこうするといい」というパターンが、自分たちの中に積み上がっていくのを実感しました。

やり方がうまくいくようになると、スピードも上がっていきます。
「患者さんにとって負担が少ない(速い)」
「見栄えもいい(質が高い)」

そんな状態が、少しずつ出来上がっていったのです。

この頃から、患者さんのご指名によって、だんだんと他社さんから私たちの方へお客さんが流れてくるようになりました。

「ベッドカット専門店」と呼べる存在に

やがて、事務長さんからこんな打診を受けます。

「もう1社をお断りして、御社にこの病院をすべてお任せしたいのですが、いかがでしょうか?」

私たちは、快諾しました。

これにより、これまで以上にベッドカットの経験を積むことになります。
もう気持ちは、「ベッドカット専門店」でした。

こうなってくると、怖い思いよりも、「何とかこの患者さんをキレイにカットしてあげたい」というプロ意識の方が、勝るようになっていきました。

今の自信につながっているもの

今、私たちの自信につながっているのは、この2018年に獲得した病院2件での経験によるものが大きいです。

その後も、同じグループ病院を紹介していただくなど、私たちは「訪問美容師」としての経験値を、確実に伸ばしていくことになります。

震えながら現場に立っていた、あの最初の1年。
今振り返ると、あの1年こそが、私たちの土台を作ってくれたのだと思います。

もしあの頃、怖さに負けて現場から離れていたら。
今の私たちも、今の「ベッドカット」も、存在していなかったはずです。

怖かった記憶ほど、今の私たちを支えてくれている。
そんな不思議な感覚を、この記事を書きながら、あらためて感じています。

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